「健康クラブ」で”睡眠について”を順番に更新しております。
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疲れやすい内向型が疲れをどう癒やし、元気を取り戻せばいいかについて考えています!
宜しくお願いします。
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疲れやすい内向型が疲れをどう癒やし、元気を取り戻せばいいかについて考えています!
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このサイトでは、外向的あるいは内向的であることを”気質”と呼んでいます。
”性格”でも”人格”でも”性質”でもなく”気質”と表現しているのは、自分が参考にしている書籍の影響にほかならないのですが、よく考えてみるとむずかしくてよくわからないので、そもそもの言葉の意味から少し整理してこの記事を書き進めてみたいと思います。
まず、このサイトでは人間の”性格”を、内向型と外向型のたったふたつに分けて考えてしまっています。
以前の記事の通り、内向型にも外向型にもいろいろあるのですが、それでもこの2種類にわけてしまっているわけですから、そこからこぼれ落ちてしまう本当にざまざまな人の”性格”をそこに含めることができないわけです。
要するに、さまざまなひとの”性格”の問題からはある程度はなれて内向型と外向型という”気質”について、特に考えてみようという態度でいるのです。
また先天的な、つまり生まれつきの特質という意味を込めて”気質”ということばを使っています。
生まれつきのもので変えることができないなら、自分が内向的であることから逃げるわけには行かない、というのがこのサイトの態度です。
”自分は本当に内向的なのか?”というのは判断の難しいところかも知れません。
というわけで、今更ながら簡単なテストを作成してみました。
では次の項目に当てはまるかどうか考えてみましょう。
(1)比較的たくさんの人と会うイベントはそれがどんなものでも気が重い。
(2)何事においても、物事の中断が必要となる頼まれごとは苦手だ。
(3)親しい友人や家族といて会話がなくても平気なときがある。
(4)時間に追われるなどすると必要以上にプレッシャーを感じてしまう。
(5)毎度の週末や連休は外出せず家にいてもいいと思う。
(6)健康体なのに疲れを感じやすく”体力がないのかも?”と思う事がある。
すべてに当てはまれば”内向型”と判断できるよう設問したつもりです。ですので、ひとつでも当てはまるのならば”内向性あり?”と思いながら、ご自身について考えてみてください。
このサイトを見てくださっている、ということはもしかしてみなさんは内向的でしょうか?
では内向的というものがどういうものかある程度はわかっていらっしゃるかも知れません。
それでは、外向型ってどんなひとのことを指すのでしょう。
内向型は、”物事の関心が、他人にどう思われるかよりも自分の内面に向かうひと”で、外向型は”物事の関心が、他人からどう思われるかということにあるひと”
そう言われてみればそうかも。でも、この区別だけでは何だかはっきりしない気もします。
と言うよりそういう心理学的な物の考え方って、哲学的でむずかしい。
じゃあ、ほかにどんな考え方があるのか?
まず、内向的なひとは外からの刺激をたくさん受けたりすると疲れてしまいます。
長い外出や、たくさんのひととの出会い、新しい物事に対処するなど、など。
では外向的なひとってどういう時に疲れてしまうのでしょうか。
外向的なひとは、たとえば何も刺激のない部屋のなかに一人でいたりすると、だんだん元気がなくなってしまうらしいです。
内向型なら、多少は”つまらないな”と思っても、まあ何とか過ごせる環境だったとしても、外向型にとっては刺激がなさすぎて疲れてしまうというのです。
確かにあまりにも退屈だと、何もしていないのに、”疲れたな”と感じることってあるように思います。
その”退屈だな”から”疲れたな”になるレベル、内向型がまだそうはならないシチュエーションでも外向型はとっくのむかしにそのレベルに到達してしまっているということです。
わたしたち内向型が”何だか刺激が多過ぎて疲れたな”と思っている時に、外向型は”なんだかほどよい刺激で元気がわいてきたな”などど思っている、らしい。
人間の気質って本当に不思議です。
個体差、要するに人によってすごく内向的なひととそれほどでもないひとがいるということです。
内向型について語る時、その対局にあるのが外向型です。
内向的であることの個体差は、この外向的な部分があるかどうかに関係するみたいです。
書籍によれば、その人が外向的か内向的かを判断するときには、”外向型”と”内向型”の間のどこに位置しているか?というような考え方をするそうです。
例えて言うならば、”内向型”を100という数値に置き換えた場合、ある人物を判断すると仮定して、内向型の数値がそのひとは80とするならば、あとの20は外向的な部分だというわけです。
しかし、それはあくまで例え話なのでそういう内向の度合いをはかる数値なんてものは存在しません。
また、絶対的な外向型や内向型も存在しないようです。まったく内向的な要素のないひと、もしくは外向的な要素のないひとはいないということです。
簡単に言うならば、内向的な要素が強いけれど、外向的な部分もなくはないというのがいわゆる内向型と呼ばれるひとなのです。
自分はとても内向的だけれど、実は外向的な部分もあるのだというのは何だか意外な気がします。
もし、自分の中の外向的な部分に気づくことができればよりバランスのとれた気質でいられるのかも知れません。
内向型はとにかく疲れやすい。
なぜ疲れやすいかというと、ひとつの出来事からより多くの情報を得てしまう気質なので、それが原因で疲れてしまうらしいです。
またそれらの情報についていろいろと考えてしまうから、得た情報がまた一段と膨れ上がる。
それが、「情報過多」という状態です。
つまりある一定以上の情報に触れた際には必ず疲労を感じるのが内向型であり、また常に疲労の原因をかかえて過ごしているという事だと思います。
だから、新しい場所や、たくさんのひととの出会いはなんとなくうまくこなせないし、それにとても疲れてしまう。
もし疲労を感じたら、”あ、いま「情報過多」かも知れない”と意識して少し休む、集団から離れる、あるいはネットをやめる、読書を中断する、テレビを消す・・・などをすれば回復する可能性があると思います。
”あ、いま疲れてる”と思ったら、先週からあれしてこれしたからだ、と考える前にいま目の前にある多量の情報を一度シャットダウンすることを試してみてください。
意外とすぐに疲労感から解放される、かも。
いくつかの市販の書籍によると、内向的か外向的かということは、脳内の神経物質の働きによるもので、人格だとか経験だとかによるものではないらしい。
つまり、それらは先天的なもので生まれつきそうなんだと言ってしまってもいいということなんだろうからそれで悩むのはナンセンス。受け入れるしかない。
となれば内向的であることがあたかも悪い傾向のように言うひともいるけれど、それは思い違いなんだなってことにして、内向的っていいことじゃないか、という前提のもと生きて行くしかない。
(わたしのささやかな今までの人生によると、追いつめられれば追いつめられるほど前向きじゃなければやってられない、後ろ向きでいるときはなんだかんだ言って何となくまだ自分に余裕がある気がするのだ。)
というわけで、このサイトは”内向的っていいじゃないか”ということを前提に進んで行く予定であります。
このトップページには、自分が調べて得た情報を少しずつ載せていくつもりです。
(わたしの個人的な意見ばかりをのせていてもつまらないので)
宜しくお願いいたします。